ゲーマー日日新聞さんの「PCゲーム業界はいかに割れ厨に勝利したか Steamの”5つの戦略”」が話題になっているので意見記事。
概要
”「海賊版より良いサービスを提供する」ことに尽きる”
>PCゲーム業界はいかに割れ厨に勝利したか Steamの”5つの戦略” – ゲーマー日日新聞 https://t.co/Pr1bJ7A2F0— こおろぎ (@Kohrogi34) 2018年3月7日
記事内容としては海賊版漫画サイト同様にゲームを不正DLする「割れ厨」に悩んでいたPCゲーム業界をSteamというプラットフォームが救済したという話。該当記事ではSteamが支持されている理由として下記を挙げている。
- 価格や場所を問わない自由な流通
- 付加価値としての高い利便性
- 運営の誠実な対応
- ユーザーの意識変化
- インディーズ文化へのサポート
結論としては「海賊版よりも良いサービスを提供する」ことで海賊版は撲滅できるという主張。これら5つを踏まえて漫画版「Steam」というプラットフォームを用意すれば事態は収束するのか考えてみたい。
難しい理由
現実問題として漫画というコンテンツで同様の取り組みをすることは困難だと思われる。理由を一つずつ解説してみる。
お得感
Steamと大きく状況が異なるのは価格である。海賊版が無料という点で両者は変わらないが、Steamのセール時のお得感は漫画におけるそれと全く異なる。例えば人気2Dサンドボックスゲーム『テラリア』の例で考えてみると各機種の定価は下記の通りとなっている。
機種 | パッケージ版 | DL版 |
---|---|---|
PS3 | 4,290円 | 3,394円 |
PS Vita | 2,980円 | 2,000円 |
Wii U | 4,104円 | 3,000円 |
3DS | 4,104円 | 3,000円 |
PS4 | 3,500円 | 2,500円 |
iOS | – | 600円 |
Android | – | 540円 |
PC(Steam) | – | 980円 |
コンシューマ版との価格差は大きなところで4倍以上、Steamではこの価格から更に75%オフのセールが実施され、最終的な価格は245円、まとめ買いすると更に安くなる。体感的な価格差は95%オフに近い。そもそもの定価が6,000円以上が当たり前の「ゲーム」というジャンルと定価が500円前後と決まっている「漫画」というジャンルでは体感的なお得度が全く異なる。
Steamを初めて知り、セール時の価格を見た際には「フルプライスの内容のゲームをこの価格で買えるのか!」と大きな衝撃を受けた。「漫画」というコンテンツで同様のお得感を出すには1冊数十円の投げ売り状態にするしか無いと思う。そんな状態は出版社側も望んでは居ないだろう。そもそもの価格設定・認識の違いがあるため漫画でも単に定価から75%オフにするだけでは海賊版サイトに太刀打ちできないと思われる。
プラットフォームの完成度
某海賊版漫画サイト自体の「プラットフォーム」としての完成度も恐らく高い。詳細は知らないが人気ランキングやタイトルによる検索、履歴機能等も用意されているらしく「漫画を読む」という行為を行う上で必要十分な機能が備えられている。また、話題となった有料版では広告の削除、zipダウンロード機能なども追加されるらしく、残念ながら「クラウド型漫画プラットフォーム」としてのポジションを既に確立してしまっている。
また、「漫画」においては既存の電子書籍プラットフォームが比較して魅力を打ち出せる要素も少ないだろう。「オンライン機能」「MOD」「クラウドゲーミング」など独自の魅力を打ち出せたSteamと異なり、「漫画」というコンテンツで魅力的な追加機能を打ち出すこと自体が難しい。現状頑張っているであろう集英社のアプリ「週刊少年ジャンプ+」や小学館の「マンガワン」辺りでもコメント欄で盛り上がれる要素や「作者描き下ろしの追加イラスト」を用意している程度。漫画は単に読んで楽しむという行為で全てが完結してしまう。技術書などは「文字検索」が便利だったりと「独自の魅力」を打ち出せている印象。
アングラ感
PCゲームの海賊版と状況が異なるのはその「手軽さ」にもある。基本的にPCゲームを違法にダウンロードするためには海外のアップローダーを検索して探したり、怪しいexeファイルを実行・インストールする必要があった。つまり常にウイルス感染のリスクがあり、アップローダーからzip, rar, isoをダウンロードする時点で多少なりとも「罪悪感」を感じたはずである。
しかし、某海賊版サイトは日本語で運営されており丁寧に違法性が無い旨の説明までされている。サイトの色も白色を基調としており「安全なサイト」感が強い。実際には端末で勝手に「仮想通貨マイニング」が行われたりするのだが「怪しいサイト」「危ない行為」と思われない工夫が数多くなされている。多くの子供が「安心して」サイトを利用してしまう原因はここにあると思う。「悪いことをしている」と思わせない工夫が多い。最近はサイト自体の利用者数増加も「赤信号みんなで渡れば怖くない」状況を生み出しているのだろう。
マジコン問題以降ゲームでは起動時に「海賊版の利用は違法行為」と表示するようになり、アニメでもテレビ放送時にテロップで海賊版利用を禁止するテロップが表示されるようになった。今後は漫画でも見開きに「海賊版利用に関する注意」が印刷される時代が来てしまうのかもしれない。ゲームでは違法行為に天罰を下す形で様々な「罠」を仕掛けたゲームも登場した。ウイルスを含む海賊版が多かったPCゲームと「まず危険性が無い」漫画では状況が大きく異なる。作品の途中にショッキング画像等を混ぜた漫画コピーが蔓延すれば状況は変わってくるかもしれないが。
手軽さ
PCゲームの海賊版利用には「本物」を探し出してインストールするまでに一定の知識が必要となることに対して、漫画ではWebサイトで検索してお手軽に違法行為が行える。子供でもスマホから簡単に見れてしまう「手軽さ」も大きく異なる。この点はアニメも同様の問題を抱えている様に思う。
また、既存の電子書籍プラットフォームが物によっては「ログイン」「ダウンロード」が必要で動作が安定していないことも「手軽さ」という観点で劣っている。人気の新刊がすぐに並ぶ早さも含め、海賊版サイトは電子書籍の諸問題を解決してしまっているのが実状だ。
電子書籍争い
現状に対して「日本漫画家協会」は異例の声明を発表し、少年ジャンプの人気ギャグ漫画『トマトイプーのリコピン』の作中でも注意喚起が行われるなど「漫画家」は一体となって海賊版の利用を控えるように訴えている。しかし、「電子書籍」における覇権争いは未だに継続中で一致団結して「海賊版撲滅」に動いている状況ではない。現状は10以上の電子書籍プラットフォームが争っている間に海賊版サイトが総取りしてしまいそうな状況だと言えよう。
Steamのサービスを開発・提供しているValveは圧倒的な資本力と開発力を元にいち早く「ゲームプラットフォーム」サービスを提供し覇者となった。現状の電子書籍争いはAmazonが提供するKindleストアが優勢だが、Kindleでさえ一部書籍を半額にする程度に留まっている。Steamのような圧倒的なお得感で他を追随させない勢いとは言い難い。また、各出版社もそれぞれ独自の電子書籍アプリを配信しており「出版社」同士も手を取り合える状況ではない。この電子書籍の派閥争いが続いている間は「海賊版よりも良いサービスの提供」は期待できないのではないだろうか。
解決するには?
今回の問題は「Steam」を参考にするよりは任天堂の「マジコン事件」の方が利用者層、ケース的に参考になると思う。「マジコン事件」では任天堂などのゲーム会社54社が不正競争防止法を根拠に提訴。2009年に東京地裁でマジコン販売業者に対して輸入販売禁止と在庫廃棄を命じる判決が言い渡され、2016年には業者に対して1億円の支払いが確定している。現状の法律では違法性を指摘できない点が異なるが、無難な解決手段は著作権法の改正を待ち各出版社によって提訴、サイト閉鎖とい流れだろうか。スピード感は遅いが現状どうしようもない。
また、今回の事件をきっかけに「漫画」というコンテンツのビジネスモデルを再考する必要もあると思う。音楽で言えば「Spotify」がフリーミアムモデルとして大成功しており、漫画においても各出版社が提供するアプリ以外で無料で楽しめるプラットフォームが必要だと思う。今回の問題点は「無料」ということよりも「違法サイト運営者」が利益を独り占めすることが問題なのであり、漫画の無料公開自体が悪とは言い難い。製作者にきちんと利益が配分される形のビジネスモデルを各出版社が協力していち早く作れれば法改正を待たずにプラットフォームとして対抗できる可能性もある。とはいえ現状の対立状態、各社のアプリ配信状況を見る限りそれも期待できない。何にせよ解決には各出版社の協力が不可欠だろう。
感想
海賊版サイトは話題に上がる度に認知度が上がりサイト利用者が増えてしまう弊害が存在する。しかし、現状は周知され尽くした状況なので改めて問題点と解決法について考えてみた。「Steam」を参考により良いモデルを作れば解決ーと一筋縄は行かないと思う。
個人的には海賊版利用者は単なる「乞食」の「犯罪者予備軍」でしか無いと考えている。後でその意見をまとめた記事も投稿しようと思う。最近話題になった有料版モデルの導入もサイト閉鎖前の荒稼ぎという印象が強い。海賊版とのいたちごっこは暫く終わらないだろうが、このままフリーブックス同様に閉鎖という流れとなり、一旦は終戦することに期待したい。