2024年9月19日、任天堂株式会社は株式会社ポケモンと共同で『パルワールド』を開発、販売する株式会社ポケットペアに対し特許権の侵害訴訟を東京地方裁判所に提起した。
『パルワールド』は2024年1月19日のリリース時にもキャラクターの類似性やゲームシステムが酷似していると物議を醸し、筆者も可能な限り中立な視点で下記の記事をまとめている。
今回は改めて特許権のどの部分に侵害があったのか、著作権との違いや本訴訟によるインディゲーム開発への影響などを考えてみたい。
特許権の侵害とは
大前提として今回の訴訟は特許権の侵害行為に対するものであり、著作権は対象ではない。X上ではキャラクターデザインのパクリを問題視した投稿も見られるが、それらは全て誤りであり飽くまでゲームシステムが類似していることが問題。
特許権の例
ゲーム開発における特許の例としては
etc…と無数に存在し、上記リンクの通りゲーム開発会社間での争いが繰り返されてきた歴史が存在する。直近では任天堂とコロプラの「ぷにコン訴訟」やコナミとサイゲームス間での「ウマ娘40億訴訟」も記憶に新しい。
具体的な侵害箇所
任天堂の特許見てみたら、ボールによるモンスターの捕獲システムとかアウトっぽいね。似たようなシステムのゲームあるかもしんないけど、パルワールドはデザイン含め乱用しすぎてるので見過ごせないって感じかな。 pic.twitter.com/o84dbuKn9C
— 妻に内緒のゲーム好き、おやゆび (@oyayuvi_games) September 19, 2024
今回の訴訟で具体的に特許侵害だと疑われているのは9月4日に公知された特許7545191。この中の
- 捕獲アイテムを放つために構える照準方向の操作
- 命中後の捕獲成功判定
- 所有モンスターが放たれた場合の戦闘開始判定
- 空ボールとモンスター有りで異なる照準表示
- 空ボールを投げる照準が当たった際の捕獲率の表示
- ボールごとの捕獲率の違い
- 捕獲失敗時の戦闘開始処理
- アイテム収集対象に投げた際に採集アクションを行わせる処理
などが該当しており、請求内ではその詳細な操作説明とプログラム処理が記載されている。また、請求内におけるリンクからも侵害対象となった作品が『Pokémon LEGENDS アルセウス』であることも分かる。
過去の裁判との違い
任天堂は過去に「マジコン裁判」「マリカー裁判」「コロプラ裁判」などの訴訟を起こしており、株式会社ポケモンも直近でアートワークやシステムを丸ごと登用したゲームアプリ会社に勝訴し23億円の支払いが命じられている。任天堂が裁判した例をジャンルに分けて考えてみよう。
違法コピー
「マジコン」に関しては著作権的な違法性が明らかであり、被害額も4兆円と莫大な被害があったため訴訟されるのは当然だと言える。Switchエミュレーター「Yuzu」に対する訴訟も同様であり、『スマブラDX』の非公式オンライン大会中止騒動もゲームの違法コピーが原因なのでゲームソフトの違法コピーに関しての任天堂の姿勢は一貫している。
特許権取得
「特許権の侵害」という共通点から「コロプラ裁判」は内容が似ているように思えるが実際の性質はかなり異なる。「コロプラ裁判」の場合は株式会社コロプラが任天堂が保有する特許技術を不正使用した特許(ぷにコン)をコロプラの開発技術として特許申請した点であり、ゲーム内で使用していたことが原因で訴えられたわけではない。任天堂だけでなくゲーム開発現場を守るために行われた訴訟とも考えられる。
ブランドイメージの破壊
「マリカー裁判」や過去の「ポケモン同人誌事件」などが該当。マリオの生みの親である宮本茂氏は「マリオは決して他人を傷つけないキャラクター」「任天堂タレント事務所」とインタビューで語るほどキャラクターIPを重視している。近年のマリオのCG映画化やUSJのエリア建設、ゼルダシリーズの実写映画化などの流れを考えても任天堂におけるブランドイメージは非常に大事な要素であり、ゲーム機に保護者の使用制限や安心できるオンライン交流システムを最初に作ったのも任天堂だった。子供たちが安心して楽しめるエンタテインメント環境を守り続けるための行動とも考えられる。
この部分に関しては『パルワールド』のキャラクターが『ポケモン』シリーズと酷似しつつもゲーム内容として「死亡」「食肉」「銃火器の使用」「共食い」「人の捕獲」などダークな要素が含まれていることが影響していることは否定できない。保護者など普段ゲームに触れない人にとってはキャラクターをひと目で見分けることは難しくフォロワー作品の派生などで「ポケモンも過激になったね…」などと誤解されるリスクを考えるとブランドが育つ前に芽を摘んでおく判断にも納得がいく。
ソニーGとの対立
上記の様に今回の任天堂の訴訟は過去の裁判例から考えても特殊であり、背景にはポケットペアがソニーと連携し新会社「パルワールドエンタテインメント」を設立したことも影響していると推測される。ソニーグループは「サルゲッチュ」「どこでもいっしょ」などの過去に人気だったシリーズの新作が販売されず、キャラクターIPの強化に悩んでいる。最近では「アストロボット」を除くと『スパイダーマン』『ゴッド・オブ・ウォー』海外向け・大人向けのゲームしかヒット作を生み出せておらず、子供向けにもヒットが見込める多数のキャラクターが登場する『パルワールド』はまさにソニー陣営が求めていた作品だったと考えられる。
音楽業界を席巻するソニー・ミュージックエンタテインメントと傘下のアニプレックス、ポケットペアの3社が組むことでアニメ化を含む強力なコンテンツ経済圏が構築されることを任天堂と株式会社ポケモンが危惧した可能性は高い。
著作権法上問題のないもので「目を付けられ」るならその判断基準は任天堂様のお気持ち次第となります。先述したとおり、任天堂は多くの基礎的特許を取得していてそれを全て回避してゲーム制作することは極めて困難です。つまりその”お気持ちメーター”に「あらゆるゲームの生殺与奪」が握られてる訳です
— 人間ジェネリック (@DividedSelf_94) September 19, 2024
Steamのゲームを普段から遊ぶ人ならゲーム開発そのものが「◯◯ライク」「◯◯フォロワー」などと呼ばれるパクリパクられで成り立っていることは容易に理解できると思う。正直なところ開発規模が50人そこらの小規模インディー開発ではゲームに関する特許を全て確認することは不可能に等しく同人界隈と同様にシステムの類似性に関しては暗黙の了解で成り立っているのだが、今回に関してはインディー開発としては異例の爆発的ヒットとソニーとの新会社の設立により任天堂としても「看過できない」状況に陥ったのだろう。少なくともSteamやPS Store上で現在も販売されているポケモンライクなMMOが何も訴訟を起こされていない点からも、今回の問題はゲームシステムの特許権侵害というのは建前で『ポケモン』化する前に『パルワールド』のブランドを潰しておく判断に任天堂が至ったというのが実際のところでは無いだろうか。
ソニーとしては『パルワールド』をPlaystationブランドの稼ぎ頭にすべく水面下で動いているはずで今月末に開催される東京ゲームショウ2024でも試遊ブースの記載が存在し、ポケットベアもX上でもPlayStationプラットフォーム上でのリリースを示唆していた。PlayStationプラットフォームではアーリーアクセス作品が配信されないため、『パルワールド』の正式リリースのタイミングで大規模なプロモーションなどを行うつもりだったのでは。訴訟行為そのものも企業がいきなり行うとは考えづらいので任天堂による訴訟前の警告に伴いゲームショウでの発表を見送った可能性は高い。
感想
過去のエムブレムサーガの判例からも著作権侵害での訴訟が難しく、実効性と確度の高い特許権侵害での訴訟を行ったのは流石任天堂最強法務部といったとこと。しかし、昨年のウマ娘の裁判における続報が一切なく未だに地裁であることを考えると今回の訴訟も両者が和解に至らない限り10年レベルで泥沼化するのではないだろうか。『パルワールド』自体にポケモンを想起させる部分が多く、任天堂や株ポケが築き上げてきたブランドイメージやゲームシステムにタダ乗りするのは良く無いのは確かなのだが、「日本のコンテンツ産業」という目線で考えると今回の訴訟には負の側面が多いこともまた事実である。企業規模の圧倒的な差を考えると「やり過ぎるとこうなる」という見せしめのようなものであり、ポケモン側がパルワールドをそれだけ脅威に思っている事実も昔のブランド力を考えると残念でしかない。
いちゲーマーとしては最近のポケモンの開発力の低さやゲームとしての代わり映えの無さは残念に思っていたので『パルワールド』のようなライバルになり得る作品が出てくれたことを歓迎していた。しかし結果としては任天堂はある種「資金力で潰す」方向に舵を切ったようなもので純粋な「ゲームの面白さ」で対抗しなかったことは残念でならない。ポケモンの次回作が『ゲーム』としての新規性や面白さ、そしてスイッチ次世代機でのグラフィック強化により既存のパルワールドファンも黙らせるような作品になることを願いたい。