海賊版漫画サイトについて前記事で触れたので利用者に対する個人的な意見を述べてみる。
概要
海賊版サイトが話題になってきたのは2018年に入ってからのこと。2月にはNHKのニュース番組「ニュース7」でも取り上げられ、国会予算委員会でも名前が挙がるなど認知度は国民的な域に達している。2月13日には日本漫画家協会が海賊版サイトに対して異例の声明を発表。
「全く創作の努力に加わっていない海賊版サイトなどが、利益をむさぼっている」
「このままの状態が続けば、日本のいろいろな文化が体力を削られてしまい、ついには滅びてしまう」
と警鐘を鳴らした。もはや利用者の「モラル」だけでは対応できず収集がつかない事態に陥っている。それを煽るように海賊版サイトでは有料版プランを発表。ニュース等で話題に挙がったことでのサイト利用者が増加したことも説明している。
問題点
NHKの「ニュース7」では「違法性が無い」ことも説明された海賊版サイト。何が問題なのかまとめてみる。
「現在は」違法ではない
私は海賊版の利用者は「犯罪者予備軍」だと考えている。現時点での「違法性」については問題ではない。かつて映画、音楽のダウンロードが合法だった状況と同じで飽くまで「現在は」違法ではないだけに過ぎない。事実として文化的・経済的被害が発生しており、マンガ、アニメといった「クールジャパン」施策を推し進める経産省にとっても不利益な存在となっている。国として著作権法の改正が行われるのは時間の問題だろう。
「現在は」違法では無いからと言って将来「違法になる」であろう行為を行うことの是非は本人の「モラル」の範疇となる。それでも「悪いことをした」という事実は残り、いずれ大人になり子供ができたときにどの口で「悪いことをするな」と言えるのだろうか。将来的に犯罪となることが分かっている行為を進んで行うのならそれは「犯罪者予備軍」でしかない。
迷惑行為の事実
法的な問題を抜きにしてもサイト利用自体が「迷惑行為」である事実は変わらない。事実として出版社・漫画家は被害を被っており利用を控えるように声明も発表している。そもそも法律は「許される行為」を規定するものではなく最低限「やってはいけない行為」を規定しているものである。法律上OK=認められている訳ではない。『キノの旅』の「人を殺すことが出来る国」の長老の言葉を借りるならば
「禁止されていない」ということは「許されている」ということではないんだよ。
という話。
恥ずべき行為という自覚
信じがたい状況としては海賊版利用をTwitter上でわざわざ報告している輩がいるということである。海賊版の利用自体が「恥ずべき行為」という自覚が余りに無い。いわば「私は漫画を買うお金も無い乞食です」と自己申告していることと同義であり、自身の著作権や文化に対する無知を晒しているようなものである。DSのマジコン問題のときにも同様の傾向が強かった。当時利用していた知人たちには行為の違法性を伝え、改善が無かった場合は付き合いを断っている。
逆に言えば作品・作者に対する敬意や漫画に対する文化的な認識を測るリトマス紙としても利用可能。さり気なくYouTubeでの海賊版視聴を自己申告してくるサブカルクソ女同様に簡単に見分けが付く。経験則上、海賊版利用者は「クリエイター」としての目線を持っておらずオタクとしての認識が欠けている人が多い。
最低限守るべきマナー
それでも海賊版利用者は絶えないと思うので利用者が最低限守るべきマナーについて持論を述べる。
広めない
まず当たり前だが海賊版サイトを広めてはいけない。人に勧めるなどもってのほかで相手次第では友人関係を壊しかねない行為である。
感想を述べない
これも「広めない」に関連があるが、間違っても感想を述べてはいけない。違法視聴をした上で偉そうに作品論を語るなど論外であり「でもお前犯罪者じゃん」と論されてしまう。また、「どこで」買ったのか等の話題になり「広めてしまう」きっかけにもなるので感想は述べず、一人の世界に閉じこもるべきだと思う。
自覚
上記の行為を恥ずかしげもなくできるのは「悪いこと」の自覚が無いからだと思う。まず、「恥ずべき行為」という自覚を持とう。どんなに隠しても「お天道様は見ている」訳だが。
感想
海賊版サイトの利用は文化・著作権に対する認識の低さ、モラルの欠如が招いた結果だと思う。せめて各々「犯罪者予備軍」「乞食」であるという自覚を持って利用するようにして欲しい。