今回は5月19日公開のアニメ映画『夜明け告げるルーのうた』について紹介したい。不満点はあるものの湯浅政明監督の持ち味を100%発揮した素晴らしいアニメーション映画だった。
どんな映画?
本作は『マインド・ゲーム』『四畳半神話大系』『ピンポン』で知られる湯浅政明監督が送るファンタジーアニメ映画。
とある漁港の町を舞台に、中学生の少年「カイ」と人魚の少女「ルー」が巻き起こす騒動が描かれる青春ファンタジーとなっている。
湯浅政明監督初の完全オリジナル劇場アニメ
私は湯浅政明オールナイト、トークイベント「湯浅政明と仲間たち」、『ピンポン』オールナイトに参加してきた湯浅政明の大ファンである。
2015年 阿佐ヶ谷ロフトでの「わん魚、この言葉を覚えておいてください」の発言から約2年。ようやく日の目を見た完全オリジナル劇場アニメ『夜明け告げるルーのうた』。その魅力は何と言っても湯浅作品の特徴であるアニメ表現の気持ちよさだ。
湯浅政明といえば
- 動きの気持ちよさ
- 特徴的なパース(遠近法)
- カメラワーク
- 揺れた線
- 水彩画の背景
などが特徴的であるが
サイエンスSARU設立後Flashという強力な武器を手にし、動き、カメラワークとの相性の良さは『ピンポン』でも際立っていた。本作は「Flashだからできる」を前提に作品が作られており、特に湯浅が描きたがっていた水の流体表現との相性が抜群の出来だった。
昔、TVアニメ『キテレツ大百科』の「ひんやりヒエヒエ水ねんど」(1988年放映、第19回)という回に原画マンとして参加した際、固形状の水を描いたんですが、ものすごく楽しくて(笑)。以降、「もっと描きたい!」という気持ちと、「もっとうまく描きたかったのに……」という気持ちがずっと残っていたんです。その後、イベントで上映された『スライム冒険記』という短編アニメでも水を描いたんですが、それでもまだ描き足りない。 いつか水をメインに据えた作品をしっかりやりたいなと思っていたところ、今回念願が叶ったわけです。できるだけシンプルに、空間を感じさせるような「動いて面白い表現」を追求しました。 (公式HPより)
ルーと過ごす最高の夏休み、のはずが…
アニメ表現の素晴らしさは人魚の「ルー」の動きにも現れている。本編映像を観ていただいても分かるようにとにかく動く。それも可愛く。ルーが操る水の質感、音楽、ダンスも素晴らしい。前半部分は人魚のルーと過ごす最高の夏休みが楽しめる。
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以降、本編ネタバレを含みます
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トトロは大人に見えてはいけない
「夜明け告げるルーのうた」公開まであと8日!
ルーの監督ってマインドゲームやケモノヅメの湯浅政明?なんか怖そうだな。。
怖くないよー!https://t.co/fp5I9FkRH9 pic.twitter.com/MkNAhuzgya— サイエンスSARU (@sciencesaru) May 10, 2017
※ネタバレあり
湯浅政明監督は自身のツイッターで「子供も安心して見られる」と語っていたがそれは嘘である。この作品を「ルーと過ごす最高の夏休み」として楽しめるのは前半の「ルーの正体が町人にバレるまで」であり、以降は完全に蛇足な内容となっている。
宮﨑駿監督作品『となりのトトロ』ではトトロの存在は最後まで大人に確認されることは無かった。それは今作のように大人の醜さが露呈されてしまうからである。ルーの正体を知った大人たちはそれを観光資源としての活用を目論む。さながら今敏の『海帰線』のように。そして『海帰線』同様に街には大きな災いがもたらされる。
これのどこが「子供も安心して見られるよ!」なのか!ルーが日光にあたって燃えそうになるシーンなど可哀想すぎて目も当てられない。大人が身を呈して子供を守っていた『崖の上のポニョ』とは異なり作中に格好良い大人は存在せず、映像の美しさと対称的に醜さだけ引き立っている(カイ・遊歩の親も「真人間」なだけ)。だからといって勧善懲悪になっているわけでもない。それでもルーが人を救う展開も「優しさ」よりも「悲しさ」「やるせなさ」が残る。
大衆受けを意識した脚本
本作の脚本は吉田玲子・湯浅政明が担当している。吉田玲子といえば『デジモン』『けいおん』などで知られる大御所であるが『SHIROBAKO』『ガルパン』からも自身の脚本色を出すというより監督を引き立てるタイプの印象がある。
となると大衆の方向を向いたのは湯浅では?という疑問が湧いてくる。それを裏付けるのが『湯浅政明大全』における下記のインタビューである。
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でも、ここ10年くらいは、エンターテイメントを目指してやっていますし、最近は、見る人が好むものをけっこう意識しているつもりです。
…
ちゃんと一度エンターテイメントを作れたら、これからのやり方も変わっていくと思うので挑戦していきたいですね。
この回答が本心ならばその「挑戦」をできるのは「完全オリジナル」である『夜明け告げるルーのうた』がうってつけである。しかし湯浅政明監督のファンとしてこれだけは言いたい。
私は『マインド・ゲーム』や『クレしん劇場版』、『ちびまる子ちゃん 私の好きな歌』のように感性で作品を作れる頭がおかしい湯浅政明が好きだ。
湯浅政明の作品作りは元々理屈では無いと思う。『ねこぢる草』のインタビューで衝撃だったのは湯浅本人が『なんでこんな(展開)になったんでしょうねぇ?(笑)』と自身で不思議に感じていたことだ。
『湯浅政明大全』を眺めても分かるように湯浅の作品作りはスケッチブックから始まる。スケッチとして書き溜めたアイデアが勝手に動き出して物語になっていく。そんな自由な作り方だからこそ視聴者は先の展開が予想できずに動きまくる絵と物語の虜になる。
今作『夜明け告げるルーのうた』はアニメーションは本当に素晴らしかったものの肝心の脚本があまりに「ベタ」過ぎた。ザ・エンターテイメントなのである。これならルーをひたすらに動かして、ルーの生きる世界を掘り下げて、人魚の国、ニャン魚、動物園まるごと人魚化パンデミックなどを描いたほうが夢だらけで素敵な名作となったはずだ。
今後の湯浅政明監督作品に期待
湯浅政明およびサイエンスSARUだが、2017春にはNetflix独占配信の『デビルマン』が控えている。Netflixは資金も潤沢な印象があるし絵柄の相性も良いと思うのでこちらも期待したい。
アニメ:夜明け告げるルーのうた | |
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監督 | 湯浅政明 |
脚本 | 湯浅政明 吉田玲子 |
キャラ原案 | ねむ ようこ |
音楽 | 村松崇継 |
制作 | サイエンスSARU |
公開 | 2017年5月19日 |