「ポケモン金・銀」没ネタが話題なので注目点・考察をまとめてみる

『ポケモン金銀』の任天堂スペースワールドのデモ版が海外で大きな話題になっている。没ポケモンや没データが多数含まれた内容で信憑性を疑う声も見られるが、実際に過去に「NINTENDOスペースワールド’97」に参加した筆者が内容を考察してみる。

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金銀発売までの経緯

初代「ポケットモンスター」の続編が発表されたのは1996年のこと。当時は「ポケットモンスター2」として発表され、発売は1997年末とされていた(アーカイブ)。初代「赤・緑」の発売が1996年2月末だったことを考えても急ピッチでの開発だった様子が窺える。

「ポケットモンスター金・銀」を初めて試遊できたのが、1997年11月22日・23日に開催された「NINTENDOスペースワールド’97」。本イベントに関しては後述。今回、流出したROMもスペースワールドで試遊可能だったデモ版だと考えられている。

その後、開発の遅れにより延期。ゲームボーイ用ソフトからゲームボーイ&カラー対応に変更、赤外線通信に対応する等の仕様変更も行われ、最終的に1999年11月に発売された。

任天堂スペースワールド

「任天堂スペースワールド」は任天堂が開催しているゲーム展覧会。現在で言うところのTGS(任天堂のみ出展)みたいなもの。当時の出展ソフトなどはこちらで確認可能。

当時のポケモンキッズ全員が熱狂したイベントの一つが「ミュウ」10万人プレゼント企画。その頃は裏技でしか手に入らなかった「ミュウ」の公式配布が行われ、事前応募した人は指定日時に会場に行くことで幻のポケモン「ミュウ」を受け取ることができた。22日受け取りの親の名前は「ヨッシー」、23日だと「ドンキー」だったはず。初期レベルは5。技は「はたく」のみ。この頃は通信ケーブルによる交換で時間も掛かり、受け取る際のドキドキ感が何とも言えなかった。

ポケモンファン最大の目玉は世界初試遊となる『ポケットモンスター金・銀』の体験コーナーだろう。当時はまだ開発途中で「ハッパ」「ハネコ」などの没ポケモン名・データも確認できる。当時の御三家は「ホノオグマ」「クルス」「ハッパ」の3匹で「ハッパ」(現在のチコリータ)を除き、見た目も全く異なっていた。筆者は「ハッパ」で体験し、やたら回復していたのを覚えている。詳細なゲーム内容の解説はこちらの記事が詳しい。

デモ版の信憑性

今回のROM流出は海外の匿名ユーザーによる内容らしいが、信憑性は極めて高いと思われる。御三家は勿論のこと体験版の草むらで出てきた「キリンリキ」の姿も記憶と一致している。そもそも今回流出したのは画像ではなく実際に遊べるROMデータなのでガセネタのためにわざわざ一から作ったのなら逆に凄すぎる。

プレイ動画を確認しても怪しい点は見つからない。海外ユーザーが日本語ローカライズしつつ作るのも相当難しいはず。信憑性は高いだろう。BGMは過去作の流用となっている。ちなみに内部解析結果はここらで確認可能。

注目の没ネタ

様々な観点で分析・考察が行われているが代表的なものを幾つか挙げてみる。

御三家

「ハッパ(チコリータ)」と進化先の「メガニウム」の画像はそのままだが、他は見た目が全く異なる。 火枠はクマを題材にした「ホノオグマ」で水枠はアザラシを題材にした「クルス」となっている。「ベイリーフ」の元にあたる「ハナモグラ」はモグラを「土竜」と書くこと、「メガニウム」の元の名前が「ハナリュウ」であることからも恐竜をモチーフに「草・ドラゴン」にする想定だったのだろう。「メガニウム」の唐突に発生した触覚の由来も窺える。

「ホノオグマ」がどことなく「ピカチュウ」似な点や「クルス」がビジュアル的魅力に乏しい点からも御三家のリニューアルは大成功だったと言えよう。

ポンデライオン

どう見ても「ポンデライオン」と言われている「ポリゴン2」。アプローチとしてはポリゴン(多角形)をモチーフとした角ばった印象から丸みを帯びたデザインへーという意図があったのだと思う。最終的には元のデザインは残したまま描画性能が上がり滑らかに~という感じで現在の「ポリゴン2」になった形。

ベイビィポケモン

開発段階ではベイビィポケモンの種類も多い。「ロコン」や「パラス」、「ニャース」に「バリヤード」等の進化前が用意されている。方向性としては「ベイビィ」の特別感を出すために初代の人気ポケモンに絞った形だと推測される。

キリンリキ

名は体を表す状態。記憶通り。後ろ姿が怖い。

ちなみに進化前にあたる「ツインズ」は上記の通り。キリンリキは元々あく・ノーマルタイプであり、エスパーでは無かった。闇が深い。

リーフィ

金銀の幻のポケモン枠「セレビィ」の元ネタ。イーブイの進化先「リーフィア」の元に変更されている。「エンテイ」「ライコウ」「スイクン」が四足獣だったので草タイプの伝説枠デザインとして納得できる。図鑑No.251。

三犬

「ライコウ」「エンテイ」「スイクン」の元デザは上記の通り。名前の頭文字はそのままだったり、スイクンの髪の毛感は継承されている。全体に言えることだが開発版はオーラが感じられず、伝説枠ということで特にブラッシュアップの努力が垣間見える。

テッポウオ→オクタン

「テッポウオ」→「オクタン」の進化理由の納得感が凄い。「テッポウオ」の元デザは完全に鉄砲で「オクタン」はもろ戦車である。子供向けのゲームだし海外発売も考えると表現的にマズい…ということで苦肉の策で変更した形だろう。非常に面白い。

昔話

開発版に「ルギア」が居ないことに疑問を抱いているキッズも居たが「ルギア」は元々映画用のポケモンで本編に出すつもりは無かったらしい。映画宣伝時も「X爆誕」だったことを覚えている方も多いだろう。公開後は「ルギア爆弾」とネタにしていた小学生時代が懐かしい。

対する「ホウオウ」は1997年4月1日放送開始されたアニメ「ポケットモンスター」第1話から登場しており、初期段階で伝説枠として決定済みだった。

ちなみに初期段階で決定済みだったの「ミュウツーの逆襲」登場枠以外に「ヤドキング」「デンリュウ」など。上記はコロコロコミック1997年5月号の記事なので情報も早い。ドンファンはサイホーンの進化?デンリュウはライチュウの進化?などと学校で話題が盛り上がった。ちなみにこの時点ではマップも異なっており、はじまりの町は「サイレントヒルズ」五重塔がある「オールドシティ」などが存在した。

ちなみに当時読者を対象としたポケモンアイデアコンテストが開催されたが、入賞者のポケモンは本編に登場しなかった。ヘラクロスもどきの例(プリズマン)も記憶に残っている。

感想

筆者家庭はゲーム好き兄弟だったため、兄は「ポケットモンスター 金」を私は「ポケットモンスター 銀」を予約していた。発売日当日、母が朝のうちに内緒でコンビニまで受け取りに行ってくれていて非常に嬉しかったり、発売当時は毎日友達と「どこまで進んだ?」「色違いが出るらしい」「セレビィの捕まえ方(ガセ)」など楽しかった記憶が蘇る。本当に毎日が輝いていた。

「ポケモン」が当時の子供達に与えた影響は計り知れない。「ポケモン」ブランドがここまで成長し、愛される作品となった理由は「金銀」発売延期の英断があってこそだと思う。開発中の画像と見比べるとデザインの安定感・感じられる世界観は段違いで一歩間違えば「ロボットポンコッツ」になっていた危険性さえある。伝説となった初代から確固たる地位を築いた金銀と見事な流れだった。

昨今は利益を重視し、十分な開発期間を用意せず未完成のままゲームを発売するメーカーさえ存在する。今回の開発過程から垣間見えるのは世界中から何十年と愛される「ブランド」創造のために必要な姿勢そのものだと思う。温故知新の精神で「ポケモン」のメイキングから学べる点は多いだろう。また、単なるファン向け資料としても妄想力の膨らむ良い題材となっている。興味のある方は色々と調べてみてほしい。

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コメント

  1. 匿名 より:

    開発途中のデバックROMの紹介動画を見てみると、この時点ですでに新しいポケモンのグラフィックや町、その他の道具機能などが出来上がっていたみたいだけど、「これではだめだ、やり直そう」と思いとどまって、発売を延期までした結果、さらに出来のいいものができた上に、延期したおかげでちょうどその時期にゲームボーイカラーが発売されて、グラフィックが前回よりも綺麗になって、結果的に大成功を収めた、と思うと胸熱。

    • タコッケー タコッケー より:

      コメントありがとうございます。
      前作のシステムベースもあったので開発自体はスピーディに進んだと思われます。
      重要なのはディズニーレベルのキャラクタービジネスを生み出した『ポケモン』ブランドの価値を上層部がしっかり理解していたことですね。
      GBカラー対応自体は早い段階で決定していたでしょうね。
      キャラデザにも大きな影響がありますし開発機の提供は早いのでGBカラー対応前提で作り始めたとも考えられます。
      今の『ポケモン』があるのは延期の英断あってこそと思うと感慨深いですね。
      ありがとうございました。