『火垂るの墓』感想:反戦映画ではなく理想の「死に方」の物語

4月13日金曜ロードショーで放送された『火垂るの墓』の感想。

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主張

日本人なら1度は観たことがあるであろう国民的な作品なので内容は説明しない。ただSNSでの感想を眺めていると安直な「反戦映画」「節子が可愛そう」「叔母さんは正論」「清太は働け」等のコメントも見られるので本作の筆者の捉え方をまとめてみたい。

反戦映画ではない

本作を「反戦映画」と考える見方は多い。実際に筆者も小学校の授業の中で観た記憶もあるし、第一印象としては戦争の悲惨さがテーマだと思っていた。しかし、この歳になって再度見返してみると印象が全く異なることに驚かされた。本作で描いていたのは清太と節子の「生き方」そして「死に方」だったのではないだろうか。

確かに描写は見事で戦争を全く経験していない若者にもアニメを通じて、分かりやすく時代背景を伝えることが出来る。しかし、本作は「戦争」を描くことを目的としていない。戦闘シーンは全く描かれず、戦争が生む悲劇・悲惨さもそれ程クローズアップされていない。2016年に公開された『この世界の片隅に』の方が心に突き刺さる辛さを感じるはずだ。では本作がテーマとしていた部分は何だったのだろうか。

清太と社会

理想とする「生き方」を考える上で「死に方」を切り離すことは出来ない。作中での清田と節子の目指した生き方は戦時中という特殊な状況下を無視した「理想の家庭」を築くことだった。清太は「意地悪な叔母さん」から逃げ出し、農家のおじさんのアドバイスも無視して社会との干渉を自分から拒んでいく。清太にとって戦時下にある日本社会そのものが拒否対象であり、だからこそ火事場泥棒のような反社会行為をしつつ米軍機に向かって「やれやれ~!」などと言ってしまう。清太が日本の敗戦を知るのが遅い描写は二人が暮らす特殊な住環境状況だけでなく、清太と社会との距離感も表している。配給制度のため、社会適合しなくては生きることすら出来ない戦時下の日本は清太には辛すぎる世界だった。だからこそ彼は自ら望んであの「死に方」を選んだのではないだろうか。

節子は幸せだった

そんな無茶な生き方(死に方)に付き合わされた節子が可愛そうという意見もある。しかし、節子にとって兄は唯一の家族であり世界との繋がりでもある。野菜泥棒をした兄を追いかけてくるシーンや「行かんといて」とお願いするシーンからも節子にとって兄が全てなことが分かる。節子が死んだ後に兄が思い出す節子の姿は元気に遊び、走り回り、現代の子供と何一つ変わらない自由と笑顔を取り戻していた。2人にとって防空壕は刹那的な幻想だろうと確かなユートピアだったのだ。

2人の生き方を見て「~するべきだった」「○○が正しい」と述べるのは、それこそ清太が最も嫌った「社会のエゴ」であり、2人の美しい生き方と死に方は誰一人責めることは出来ないはずである。

ラストシーンの意味

『火垂るの墓』では清太と節子が神戸のビル群の夜景を眺めるシーンを最後に映画が終わる。明らかに現代のビル郡に違和感を感じる人や「戦後の復興」を示しているという意見もあるが、個人的にはあれは「現代」もまた2人にとってのユートピアだったことを示しているのだと思う。今の時代では社会から多少外れても普通に生きていくことが出来る。会社に属さなくても仕事はあるし、極端な話働かなくても生きられる。2人がもし現代に生きていれば同じ様な結末にはならなかっただろう。

筆者はブロガーという特殊な仕事をしている以上、社会を頑なに拒む清太の姿勢を他人事とは思えなかった。人間誰しもが社会を避け、型にはまった考え方、状況、生き方から逃げることがあると思う。『火垂るの墓』制作当時はアニメーターの社会的な地位も低く、一歩間違えば犯罪者予備軍の危険人物だった。制作側としても他人事とは思えないテーマとしての重要性もあったのだと思う。

感想

歳をとってから観ると感想も全く違ってくる名作だった。『火垂るの墓』関連で言えば同作にキャラクターデザイン、作画監督として参加した近藤喜文氏も1998年に亡くなっている。本作が持つ温かみとリアルな描写は近藤氏の鋭い感性があってこそだった。また、ジブリ作品ほぼ全てに色彩設計として携わっている保田道世氏は2016年に亡くなっており、いよいよアニメーションの歴史における一つの時代が終わろうとしている。ちなみに軍艦シーンはエヴァの庵野秀明が作画、細部まで書き込んだにも関わらず真っ黒に塗りつぶされた逸話が残っている。宮崎駿監督にも、まだまだ元気で居てもらいたい。

アニメーションの歴史に多大な影響を及ぼした高畑勲監督、改めてご冥福をお祈りします。

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コメント

  1. ポルポル より:

    最後の節子のシーンは兄の思い出しではなく、兄がいない時に一人で遊んでいた節子の姿ではないんでしょうか?

    • タコッケー タコッケー より:

      ポルポル様、コメントありがとうございます。
      実際の姿でもありますが、火葬中に節子のことを振り返っている暗示でもあるように感じました。
      ありがとうございました。