10月4日公開の映画『ジョーカー』を初日に丸の内ピカデリー「ドルビーシネマ」で観てきた感想。ネタバレなし。
はじめに
本記事は一応ネタバレ無しで書いているが、この映画に少しでも興味のある方は今すぐ映画館に直行することをお勧めする。本作は紛れもない傑作であり、これを観て「金と時間」を無駄にしたと思うのなら映画自体向いていない。
強いてアドバイスするなら下記のバットマンシリーズを事前に観ておくと更に楽しめるが、本作は映画版の純粋なオリジン(起源)を描く作品ではないため基本的には不要。
- バットマン(1989)
- バットマン ビギンズ
- ダークナイト
また、パンフレット内で触れている下記作品を見るとより理解が深まるはず。
- タクシードライバー
- 狼たちの午後
- カッコーの巣の上で
- セルピコ
- キング・オブ・コメディ
- モダン・タイムス
『ジョーカー』について
映画『ジョーカー』はバットマンシリーズのヴィラン「ジョーカー」の誕生までを描く物語。監督は大人気コメディ映画『ハングオーバー』シリーズで知られるトッド・フィリップス、主役のアーサーを演じるのはホアキン・フェニックス。
第76回ヴェネツィア国際映画祭では最優秀作品賞にあたる金獅子賞を受賞した。R15+指定作品。
魅力
繰り返しになるが本作は傑作という表現すら手緩い観客の心を揺さぶる問題作である。理由を一つずつ解説してみよう。
怪演
ジョーカー。今まで色んな彼の姿を観たが、彼はいつでも紙の上の、映像の中の、架空の存在だった。
だけど今回の映画では、ジョーカーが「この世界に生きる存在」の厚みを持ってブワッと立ち上がってくる瞬間があり、鳥肌が立った。喜ばしくも恐ろしい体験だった— 光岡三ツ子 (@mitsumitz) October 4, 2019
本作でまず注目すべきは主演であるホアキン・フェニックスに怪演だろう。映画内の彼は正に「アーサー・フレック」本人でしかなく、その振る舞いや特徴的な笑い声は演技で作られたものとは到底思えない。その理由は彼の特殊な生い立ちにある。
- 1982年:8歳で俳優デビュー
- 1993年:兄が麻薬の大量服用で死亡
- 2005年:アルコール中毒の治療
- 2008年:俳優業を引退、歌手に転向
- 2010年:俳優復帰(引退はドキュメンタリー映画用の演出)
以降は戦争後遺症に苦しむ退役軍人やAIに恋する男性、トラウマを持つ軍人など心に問題を抱える役柄を引き受けている。つまるところ彼の生き様そのものが「ジョーカー」に限りなく近いのだ。脚本も「ホアキンのために書いた」ことが明らかにされており、ホアキン・フェニックスによる人間ドラマを「ジョーカー」というフィルターを通じて映像表現したと考えるほうが正しい。
共感
ヒース版とホアキン版の大きな違いは“感情移入”できるか否かにあるかと思う。
ヒース版は素性がわからない中での予測不能でミステリアスな狂気ぶりに惹かれたけど、ホアキン版はジョーカーになるまでの彼の様々な憎しみや悲しみが交錯する感情の上で生まれる狂気に惹かれた。
やっぱり比べるのは無理。 pic.twitter.com/H3pVGUB2H2— タロイモ♪🎬 (@eigarankingnews) October 4, 2019
本作のテーマは「共感」である。『ダークナイト』では共感に最も遠い存在として描かれた「ジョーカー」だが、本作では生い立ちを描いて観客に感情移入させ「世界が燃えるのを見て楽しむ」側に引き込んでしまう。彼が引き金を引き凶行に及ぶ度に「よくやった!」「よく言った!」と倫理の枠組みを超えて「ジョーカー」に心動かされてしまう自分が居ることに気づく。
ある種「犯罪行為の肯定」とも捉えられる危険なメッセージを含んだこの映画に対し、ロサンゼルス市警は『ジョーカーは危険じゃない!』』と異例の声明を発表し、映画館での顔塗りやマスク着用も禁止されるにまで至った。現代社会にも通じ寧ろ顕著にさえ思える政治的メッセージを含む問題作であることは疑いようが無い。
悲劇か喜劇か
ジョーカー、みた。道ばたで異臭を放つゴミのように蔑まれてきた男が、混沌の震源地となり、世界を丸ごと「喜劇」に変えてしまう。果たしてこのテーマをエンタメとして扱っていいのだろうか。お金払って楽しんでいる自分は「マーレイ・フランクリン・ショー」の視聴者と何が違う?とても危険な映画だ。 pic.twitter.com/mDKDNE0Cut
— じゅぺ (@silverlinings63) October 4, 2019
映画内のアーサーに対し「悪」というレッテルを貼るのは簡単である。しかし、その行為は映画内でアーサーに対し一切「共感」しようとしなかった人たちと一体何が違うのか。本作は「社会」や「道徳心」「善悪」に対して明確な答えを示していない。それどころかタイトルの「ジョーカー」になった瞬間さえ曖昧で観客に考えさせる余地が非常に多い。人によっては救いが無い「悲劇」だが痛快な「喜劇」として捉える人も居るだろう。映画内のピエロ同様ジョーカーに心酔し「革命を起こそう」と考える人が居てもおかしくないほど社会的メッセージが強い。人によって感想も大きく変わり語らうのが楽しい最高の映画だ。
ドルビーシネマがお勧め
『ジョーカー』を観るなら10月4日にオープンした都内初のドルビーシネマ「丸の内ピカデリーDolby Cinema」を強くお勧めする。
コントラスト
Dolby cinemaを勧める理由は、この作品が
【音響】
・周囲の雑談や破壊音の方向
・笑い声の場所。出し方【光のコントラスト】
・地下鉄照明
・地下鉄信号機
・あらゆる建物の照明
・窓から差し込む光が全て演出意図を持っているからです。
その意図、是非掴んでいただきたい。 pic.twitter.com/0goJzOMVzl
— 偏見・ベッケナー(チョッキ) (@jcWt5q3QDFysZb2) October 4, 2019
Dolby Cinemaは完全な「黒」を表現できる。正直今まで映画で観てきた「黒」って何だったんだ…と思うほどに完全な「暗闇」になるのでビビる。本作は光と闇を扱う表現が多くゴッサムシティの薄暗い雰囲気を感じる上でもドルビーシネマは最適。文字通り映画の世界に入り込める。
音響
DOLBY CINEMA初めて使ったけど本気ですごい
黒は黒いし、色は鮮やか、音の形と感触は高精細特に銃声は音が立体的で気持ちいい
追加料金がかかるからか騒ぐ様な連中も居ない
おまけにシートも広い最高か?
— TONINOS(とにのす)@RecRoomJapan (@TONINOS_The_GaP) October 4, 2019
Dolby Atmosで映画を観たことがある人なら分かる通り音響は別格。音が頭の真上から降ってくるし、音の鋭さは発生源の位置が分かるほど。重低音で席が震える映画体験を味わえる。目立つ音楽は無いものの画面から伝わる緊張感が段違い。
限定グッズ
#丸の内ピカデリー #ドルビーシネマ
丸の内ピカデリー館名入りパンフレットとドルビーシネマ限定入場者特典クリアファイルが最高すぎます。 pic.twitter.com/8zUUzDhfCn— papiko (@papiko5656) October 3, 2019
来場者特典で限定クリアファイルが貰える他に館名入りプログラムも販売されている。『ジョーカー』は物販が無いので関連グッズは希少。その他IMAXではミニポスターも配布されている。いずれも数量限定なので無くなる前に観に行くこと。
感想
筆者は『ダークナイト』の大ファンである。映画館には何度も足を運びIMAXのリバイバル上映も楽しみBDも再生しまくって地上波放送も何やかんや観ている。続編の『ダークナイト ライジング』も期待して初日に観に行ったが正直肩透かしで「バットマンvsスーパーマン」に至っては論外。『ダークナイト』の成功はヒース・レジャーの名演あってこそで同様の興奮はもう得られないとばかり思っていた。
しかし、本作の「ジョーカー」は違う。ヒース・レジャーの演技と比較すること自体が間違いだと分かっては居るが同様に魂を揺さぶられ、スクリーンに目が釘付けになり映画の世界に引き込まれる。『ダークナイト』もコミック映画とは一線を画していたが本作は「現実」に起きている問題を『ジョーカー』という仮面を被り観客に訴えかけている。アメコミ最強のスーパーヴィランをこんな形で「利用」してしまうのだからトッド・フィリップスとホアキン・フェニックスのタッグには驚かされるばかり。
観た後は『ヴェノム』のような爽快感はなく呪いのような不快感さえ感じるはず。これは人間が持つ「業」そのものであり、環境と姿勢によって今まで向き合わずに生きてこられただけ。「見ようとも」「考えようとも」しなかったツケを映画に払わされる。本作のジョーカーには「哀れみ」を持つことさえ許されない。その時点で「マレー・フランクリン・ショー」の観客側に立ってしまうのだから。『ジョーカー』は観客である「あなたの物語」に他ならない。